わたしの1960s〜70s

 1960s子供時代から洋楽ジャズ、ラテン、シャンソン、カンツォーネしか歌ったことがなかった。何回もオーディション(当時はテストと言った)に来いと言われたけど、私の唄い方じゃ受かると思っていなかったので中々行かなかった(まァ、この頃から欲がなかった処が、オーディションに受かったら、以前から、欲しくて、欲しくて強請っていた「スコッチテリア」を買ってやるという「コト」になり、その「ワン公」につられて、オーディションに行って何曲か適当に歌って帰って来た。そうしたら「歌わせたい曲があるから、会社に来い」という事になり、念願の「ワン公」を買ってもらった。その母たちの反応が「へえぇ〜何で?受かったんやろ〜」だった!これがデビューの切っ掛け!同じ頃(何ヶ月のズレはあり)バンドの人達の中にビクターや東芝などのスカウト係みたいな人がいて、ビクターへ来ないか?とか?東芝を含めイロイロ話が被り、一寸軽く考えた。本当は、ビクターコロムビアなどの作曲家の「曲」が自分には合っていると思ったけど、有名なジャズ歌手のS.TさんとかM.Kさんがいた。綺麗な大人の歌手で、ティーンの私はこの2人にあったとき「このチンピラ歌手」って顔で睨まれたので、イジワルされるのは慣れてたけど(どうせ歌う曲が、ガチンコ)するだろう?と思ったので、ヤーメタというコト!ただ、ベース奏者の小森さんという人が「吉田正」さんが、この曲を「歌わせたい」と言ってるんだけど?・・・って、困った顔して譜面(手書き?)を持ってきたりした。

 イタリア映画の主題歌「死ぬほど愛して」でデビューした。この業界を何も知らない10代の私、1年以内で「止メル、止メナイ」とか言ってる中で「銀座の恋の物語」が発売され移籍し難い感じになり、演歌主流カラーの会社の偉い(オジン)は私を理解できない、「アレは<私のコト>困ったもんだ!八方破れで、ジャジャ馬だから・・・」とかで睨まれ、干され気味状態、「歌うとナンデ?アンナ二変わるんだろう?不思議だネェー」と首を傾げて、顰っ面の大合唱。このオジサン達、ナンデ!私のコト解んないのかな〜と思った。18年後に当時の宣伝部長や何人かの人達に逢ったとき「あの時はご免な!いまならアンタみたいのがイイって分かる!本当にご免ナッ!あの頃は分からなかったんだよ〜って!」私の肩をっさすりながら一生懸命。もう会社のお偉いさんじゃないからいえたのでしょうネ・・・。

 その後思ったことですが、レコード会社、テレビ局、メディア関係、諸々の人達、人によるけど、何故アンナに威張るのかしら?(特にあの時代)例えばね、戸川昌子さんの「青い部屋」で飲んでいるときの話だけど色々の人達がゴチャゴチャいる中、偶々居合わせたKレコードの有名な歌手の担当女性ディレクター(プロデューサー)がいたのネ、誰かが「この人、歌手の牧村さんョ!」って言ったら、突然、「そう!後で聞いて見なくちゃネ!」って偉そうに、踏ん反り返って言うのヨ!(笑)

ー私、遊びに来ているのに、ナンデ、いま会ったアンタに、聞いて貰わなくちゃならないの!って思ったけど黙っていた。たぶんこの人、歌手志望だったのが、駄目で、ディレクターになった組。このタイプ多い。このパターンの人達(男もいた)には散々、意地悪された。「後で聞いて見なくちゃネ!」って私にいった、そのディレクター、酒に酔いが回って来て、突然、髪振り乱して、マイクもって歌い出した・・・「こォ〜ンな〜おンな〜に〜だァ〜れ〜が〜した〜〜」ッて絡む様に歌い出した。笑い出す前に、ビックリした。こんな歌を歌うとは思わなかった。バンドの人達も、分かるような、分からないような音で(若いミュージシャン、この歌知らない)伴奏していた。昭和?年頃の「星の流れに」この曲が悪い訳ではないけどナーンかネ、廻りで「センセイ・センセイ」って煽られて自分が見えなくなっているのネ!

 音楽に対する感性、流れを見通すセンス等がゼーン・ゼーン(零)。こんなのがディレクターだのプロデューサーだのって?「全て」ではないけど、これに近い人、肩書きに酔ってる「嫌な人」結構いました。

 それから山口洋子さん(”誰もいない海”の作詞、詩人)とワインを飲んでいた時、私の前に、今もある放送局の有名アナウンサー?ディスクジョッキー?がいた。彼とは一緒に仕事をしていた訳ではないので、普通にお喋りしていたら・・・突然「君のレコード掛けてあげないよ」って言った。彼としては自分は有名人だから、当然尊敬してくれてお世辞のひとつでも期待していたんでしょうね。私がヘラヘラして持ち上げることはしなかったから、気に喰わなかったのじゃないのかナ〜で、何処にでもいる嫌な感じの奴。

(だったら「銀座の恋の物語」私の歌う部分、飛ばして掛ければ!)って、言っちゃった。このようなこと言うのは、生意気でよくないけど、それなりのカチンとくる理由があって言った。歌手は「何」言われても、黙ってると思っていたのかナ〜?(笑)彼はポカンとした顔で、マジマジと私の顔を見てたけど ・・・。

 そんな人ばかりでは無いけど、いま”親友”と言ってた人がケロット悪口を言っている。どんな世界でもある事でしょうけど、ショービジネスの世界は特にネ!

 私にとってのミュージック活動は「ナゼ!の嵐」の連続、嫌だった。プロダクションには入ってなかったし、好いマネージャーにも巡り逢わなかった。レコード会社に出たり、入ったり「契約」はレコード会社側のオファー「依頼」で、そのときの自分の気持ちで決めていた、一寸した一匹狼。

 今、若い人がメジャー、メジャーって言うけど、そんなにメジャーが有り難いのかな?何回も辞表出したので分かりませーン。(煩いだけ、色々な人達が雑多なことを言う)自分らしく、自由に、羽搏いて、好いものならメジャーに拘らず出来る、今の若い人達が羨ましいでース。