| Seven-teenで60年代にレコードデビューしたわたし。 |
| 子供の頃、コドモが唄うような明るいテンポの歌はキライ(?)で、オトナが唄うバ |
| ラードとか、バックバンドのミュージシャン達が嫌がる、チョー(?)難しい歌「C・バレン |
| テのマラゲニヤ」とか「D・デイのアゲイン」とかを得意気に唄っていたコ憎たらし |
| い(?)女の子だったの。 |
| キレイ(?)なお姉さん歌手から生意気なガキってイビられ、イジワル(?)されて |
| いたけど(負けてなかった!)。この頃からいろんな音楽に目覚めたかな〜って。 |
| 7歳の頃からジャズ、ポピュラーソングを米軍キャンプなどで唄い始める。 |
| 1961年、17歳の時「死ぬほど愛して」(イタリヤ映画刑事≠フ主題歌)でレ |
| コードデビュー(テイチク)。 ※ 歌手名 牧村旬子(マキムラミツコ) |
| わたしにとって「銀座の恋の物語」は初見(日活のオーケストラはスタンバイして |
| ました)。そこで「ハイ!」と言って渡された譜面(ゴチャゴチャ書き込みしたあまり |
| キレイでない・・・)を貰い、2回ほど弾いてもらって「ハイ!本番!」でした。 |
| それが今、皆さんに愛されている17歳の時のわたしです。 |
| 封切りの迫っている映画の製作スケジュール(映画「街から街へつむじ風」の |
| 挿入歌)に合わせて、スタッフの方も押せ押せで進行するのみ。わたしはもちろん、 |
| 無心(この人がアノ裕次郎サンか〜?この歌を唄うのか?)という感じで唄いま |
| した。ディレクター(?)の指示(チョット不安気に・・・)通りに気軽に・・・、結果として |
| ナゼか?声質≠ネのか?若いのにオトナのアマイ声になりました。 |
| ヒットってそういうものじゃないかしら?映画づくりの流れの中で、ヨーシこれで |
| 歌の部分は上り!という感じ。ヒットを出そうなんていう野心もない純粋なものが |
| 良かったのね?レコーディングの完った後で、スタッフのひとに「お疲れ様!この歌 |
| ヒットするよー!」といったのを今も覚えています(ナマイキ・・・?)。 |
| 帰りの車の中では、アレ?何を唄ったんだっけなんて調子で忘れていました。食 |
| 事は何を食べさせてくれるのか考えていたり・・・(結局ハンバーガーでした)。 |
| だからこんなに長〜く皆さんに愛されるのはフ・シ・ギな気もしますけど?ヒット曲 |
| を出したいと思っている人から見れば、贅沢な悩みなのかもしれないけど、レコー |
| ディングの時からそんな感じだったので(仕事をしたという感じが希薄?で)「銀 |
| 座の恋の物語」イコール「牧村旬子」ではなかったのね(?)。 |
| 発売して2年半ステージで唄わなかったので、よくモメました(あの時はゴメンナ |
| サイ・・・)。ポピュラーばかり唄っていました(その後は唄っています)。 |
| だけどね、これ以後なんとなく演歌というイメージっぽくなっちゃって「銀座の恋の |
| 物語」は演歌ではなく歌謡曲ですけど、レコード店などでは演歌部門になっていま |
| す。 |
| 1961年:(デビュー同年)「銀座の恋の物語」(テイチク) |
| 日活映画「街から街へつむじ風」の挿入歌としてレコーディング。 |
| 1963年:「銀座の恋の物語」のタイトルで映画化、主題歌となる。 |
| この前後、ポピュラー、カンツォーネなど数多くレコーディング。 |
| 1965年:「誘惑されて棄てられて」「ベッドで煙草を吸わないで」「雪が降る」 |
| (ポリドール)をレコーディング、続いてLPシリーズ「夜と女とため息」の |
| タイトルで第1〜5集まで出す(ポリドール)。 |
| ※歌手名 牧村純子(マキムラジュンコ)以後は牧村旬子(ジュンコ)になります。 |
| 1990年夏:銀座数寄屋橋公園に「銀座の恋の物語」の歌碑建立。 |
| 1994年:「Rainy good-bye」「wednesday」(センチュリー)をレコーディング。 |
| ※作曲 牧村旬子 |
| 2000年:楽曲のセルフプロデュース開始。 |
| 私が戸川昌子さんの為に作った「金曜日の晩に」と「エピローグ」というシャンソ |
| ンがあるのですが、良い曲ネ〜。誰が作ったの?まではいいんだけど、あるシャン |
| ソン歌手が「ナンデ〜!アノヒト演歌歌手デショ?」って言うのね。そういうイメージ |
| になっているわけ(演歌をけなしているわけではありません、ゴカイしないで)?。ま |
| た、レコード会社からくる曲も、ま〜たこんな歌か〜(?)という曲ばかり(その当時 |
| の関係者の方ゴメンナサイ)。それならばと自分で作り始めたわけです(今は若い |
| ひとたちがドンドン自分で作って、発表している時代ですけど、その当時はね)。 |
| でも「こんな難しい曲売れない、カラオケで唄える歌でなきゃ(?)演歌路線≠ノし |
| ろ!」っていうわけね。いまだったらいいのにな〜と思います。もう20年あとにデ |
| ビュ ーしてたら、わたしのこと上手く楽しめたのにな〜と思います。 |
| どこでも、そうかも知れないけど会社の頭の古い変な先入観で、ウレセン・ウレ |
| センで頑張るガンコじじい(ア〜ラ失礼!)がいるでしょう。ファッションも音楽も何で |
| も人より早くやると、いつも分かってくれなくて、上手くいかな〜い。 |
| ・・・・・というわけで、作品もたまりました。 |
| 作曲について |
| 「金曜日の晩に」LP/シングル 唄:戸川昌子 |
| 作曲:神戸真理子(東芝) |
| 「金曜日の晩に」 「エピローグ」 銀巴里ライブ 唄:戸川昌子 |
| 作曲:まり恵毬(ビクター) |
| ※名前のこと、よく聞かれますので整理しておきます。 |
| 歌手名:牧村旬子(ミツコ) → 牧村純子(ジュンコ) → 牧村旬子(ジュンコ):現在 |
| 作曲・作詞/筆名:神戸真理子 → 牧村旬子(ジュンコ) → まり恵毬:現在 |
音楽配信 HOME Copyright 2004 OFFICE MAKIMURA CO., All rights reserved. |