わたしはわたし

 私のこと「変わってる」と言う人がいます(大勢いる?)。私自身は別に変わっているとは思わないけど(自分で分かれば変わっていない?)、ただある人から。
「アンタは見た瞬間!!思った瞬間!!それを頭の中の回路を通さないで、すぐ口にする。相手とか周囲にそれが、どんな影響を及ぼすか、全く考えない。万事がそれだから、常に周囲をギョッ!!とさせる。直感→思考→表現の方程式が無いんだヨナー、直しナ!!」
 と言われた(直らないネ!)。
 私は「直感力の人」ナンダ?、ただ芸能界とか、つまり人が群れているところにいくと駄目なんだヨ 誤解だらけ・・・それにお世辞やらナンヤラ・・・。
 音楽は幼少の頃から大好きで、大きくなったら、その頃のアメリカ映画や、ヨーロッパ映画に出てくるようなビッグバンドの「紅一点の花」的な歌手の存在に憧れて、大人の歌ばかり歌う、セクシーな大人の歌をコマチャクレタ女の子が歌う(いまの私は、そんなガキが大嫌イ!!)生意気で周りを呆れさせるようなことを平気でやるジャジャ馬、まァー結果は周りを倖にした憎めない10代。
 ストレートに天心爛漫のままレコード業界?へなんですけど、レコード会社から。
「『テスト』(その頃はオーディションのことを『テスト』と言っていた)に来ないか?」
と電話があったんだけど・・・、理屈ばかり並べる粗探しの試験みたいなものは大嫌い、それに、どうせ受からないと思っていたのでいかないでいたら、誘いの電話が再三あり、母が。
「『テスト』に受かったら、アンタが欲しがっている『犬』を飼ってもいいよ!」の一言で『テスト』にいくことになり(かねてからバンドの人が「『スコッチ テリア』あげるから、飼わないか?」と話があったんだけど、家族会議の結果、飼育不可能の決定で「No!」となっていた)それがレコード歌手のスタートになりました。
 あとで、よくインタビューで。
「この会社からデビューされたキッカケは?」と聞かれ「犬が欲しかったから・・・」とは言えず苦労しました(正直者で?)。
 それで、お名前は失念しましたけど、当時銀巴里などでピアノ弾いていた人、おとなしくていい人だった、私の生意気にも、黙って聞いてくれた、私の家来みたいなお兄さんの伴奏者をつれて『テスト』にいきました。
 『テスト』では4、5曲、『Hound-dog-E.プレスリー』やロック等をガーガー適当に歌って帰って来ました。後で。
「アソコは演歌の会社だ」
 と言われ、ナンダ!駄目か?と思っていたら、二三日して。
「オリジナル曲があるから、すぐ会社に来てくれ!」
 と電話があり、ヘェー受かったのカー?『犬』ダ!『犬』ダ!!とすぐ『犬』をくれる横浜のバンドの人の家まで引き取りにいきました。帰りは『犬』を背負いバイクの後に乗り荻窪の家まで意気揚々と凱旋しました。
 反対していた家族もすぐ『犬』に夢中になり、その後『スコッチ テリア』が何代も続きました。初代ファンキー、二代目ダンディー、三代目チャーロー、四代目タバサ、みんな男の子です。芸を仕込むのは専ら母でした(母の教育志向?の対象は娘達から素直なワンチャン(犬)に移行した)。
 レコード会社もいろいろあったから、まさかこの会社に入るとは、専属歌手の名前を見たけど、アンマリ入りたくないなァー?(私の方が異質ナンダケド)、銀座などのクラブで大人のドレス着て、大人の歌を歌っている、そして大人より上手い?年齢詐称の生意気な少女歌手がレコードデビューしたわけです。
 会社での歌はセクシーソング的な歌謡曲になりました。